بيت / 恋愛 / いいこは怒らせると怖いですよ? / 第6話 久我龍慈という男

مشاركة

第6話 久我龍慈という男

last update تاريخ النشر: 2026-04-30 06:05:18

 LHR後の時間は、校内や部活の見学にあてられた。基本的に自由行動だ。

「部活どこにする?」「もう帰ろうぜ」といった声を背中に、私は教室を出た。

 1年生の教室は4階だ。そこから、職員室等がある1階へと下りていく。

 どうやら在校生は短縮日程での登校日となっていたらしい。思ったよりも大勢の生徒たちとすれ違った。

 3年生の教室が並ぶ2階に下りたときである。

「久我君、来てたんだ! ちょっと意外」

「ねえねえ。うちの部まで来てよ。久我君がいれば、新入生ちゃんたちへのいいアピールになるからさ」

「ちょっと。久我センパイを客寄せパンダにしないでください! センパイはこれからあたしらとカラオケに行くんですから!」

 女子生徒たちのかしましい声が聞こえてきた。

(久我君……ってことは、もしかして)

 私は廊下を覗き込む。

 3年生の教室の前に、5、6人ほどの女子が集まっていた。

 その中心に、ひとりの男子生徒が立っている。

 180センチを超える長身だから、女子に囲まれていても横顔が見えるし、よく目立つ。

 さらさらの髪に、にきびひとつない肌。

 長い睫に、すらりと通った鼻梁、そしてちょっと艶めかしい唇。

 きっちりと制服を着こなした身体は細身で、ただそこに立っているだけでも絵になる。

·····カッコいいわね)

 私が感心していると、彼がふとこちらを向いた。

 それまで物憂げというか、つまらなそうにしていた表情が、パッと明るくなる。

「井伊サン!」

「こんにちは、龍慈りゅうじ君」

 私はにっこり笑って挨拶をした。

 彼の名前は久我龍慈。

 私の友人であり協力者、久我朝菜の弟だ。今年で18歳になる高校3年生である。

 文武両道で、一時期はモデルもやっていたほどの、文句なしのイケメンだ。

 予想はしていたが、やはり学校では相当モテているらしい。

 女子生徒たちや、彼を遠巻きに見るクラスメイトの反応を見る限り、龍慈君が正真正銘、学園カーストの頂点に君臨しているのは間違いない。

 もっとも、前に夕食をともにしたときは「女子たちが鬱陶しい」とぼやいていたが。

 龍慈君は女子生徒たちを振り切り、こちらに駆け寄ってきた。

「もう説明会終わったんだ?」

「うん。まあ2度目だし、特に問題ないわ。龍慈君は?」

「井伊サン待ってた。したら、クラスの女子やら後輩やらにつかまった。井伊サンが来てくれて助かったよ」

 龍慈君が笑う。一部では『氷の貴公子』と呼ばれるクールな表情が、近所の悪ガキ君のように屈託のないものになる。

 彼を小学生のころから知る私には、見慣れた顔である。

 私は苦笑しながら、小声で言った。

「龍慈君、後ろで女の子たちが戸惑ってるわよ。フォローしてきなさい」

「いや、だけどさ」

「ここで待ってるから」

 柱に背中を預けていると、龍慈君は「井伊サンが言うなら……」と踵を返した。取り巻きの女子生徒たちに簡単に事情を話している。

 昔から、根は素直な子なのだ。

 取り巻き女子たちは怪訝そうに私を見たが、やがて解散した。どこかショックを受けた顔をする子もいた。

「お待たせ」と戻ってきた龍慈君に、私は言った。

「女の子を傷つけちゃ駄目でしょ」

「フツーに説明しただけだし」

「もう」

 苦笑しながら私が歩き出すと、当然のように龍慈君もついてきた。私は言った。

「ねえ龍慈君。その『井伊サン』って呼び方、学校ではやめない?」

「は? どうして」

「私は1年生、龍慈君は3年生よ。君みたいな人気者が、新入生相手に『さん』付けしてたら変な目で見られるんじゃない?」

「俺は気にしない……んだけど、待った。もしかして、学校じゃ呼び捨てにしてもいいってこと!?」

「そうねえ。その方が先輩後輩らしいかな」

「じゃあ、『こより』! 一緒に帰ろう!」

「何か言いましたか、『久我先輩』?」

「何でもありません。調子こいてすんませんでした」

 あからさまにしょぼんとした様子でうなだれる龍慈君。相変わらず可愛い。

 私にとって龍慈君は可愛い弟分であり、朝菜と並ぶ信頼できる味方であり、そして、私が立ち直った後の明るい人間関係を象徴するひとりでもある。

 それくらい、大事な人間だ。

 朝菜は「こき使ってやってくれ」と言っていたが、いざとなったら私が彼を守らなければ。私は龍慈君にとって、もうひとりの『お姉さん』なのだから。

「でもまあ、そうね。考えてみれば、生徒同士で君付け、さん付けは別に不自然じゃないわよね。じゃあ、今までどおりにしましょうか。小学生からの幼馴染だって言えば、間違いではないし。ね、龍慈君?」

「せめてこよりサンって呼びたかった」

「それだと朝菜が怒るかもね」

「くっ、それはマジでありそう。姉貴め……!」

 龍慈君の悔しそうな声を背中に聞きながら、私は階段を下りていく。

「なあ、井伊サン。これからどこ行くの? 部活見学とか?」

「ううん。それより大事な用事」

 自然と背筋が伸びた。

「校長先生……楓先生に、会いに行くの」

◆◆◆

 ああ、変わってないなと俺は思った。

 井伊サンは、ずっと校長に恩返しがしたいと言っていた。

 そのために黎明館学園に入り直したってこともだ。

 普通に考えて、ありえないだろう。

 だってさ、井伊サンと新入生、10歳も年齢が違うんだぜ。

 俺だったら、気まずい。周りの目が気になる。絶対だ。

 それなのに、井伊サンは堂々としている。

 今だって、すれ違う生徒からジロジロ見られてるっていうのに、まったく気にしたそぶりがない。

 無視してるわけじゃない。

 注目されているとわかっていて、それでも全部受け止め胸を張る度胸があるんだ。

 すげぇよ。

 マジでかっけえ。

 そんなことができる奴、俺の知り合いの男でもいない。俺だってきっと無理だ。

 俺は井伊サンの後ろを歩きながら、そっと胸元を押さえた。

 やべ。鼓動が止まらない。

 井伊サンの髪、綺麗だな。つむじも可愛い。階段を下りるたびに、ふわりふわりと毛先が動くのが何とも言えない。

 これで8歳も年上だなんて信じられない。ましてや、同じ学校に通ってるなんて。

 俺が小学生のガキだったとき、初めて井伊サンと顔を合わせた衝撃が今も忘れられない。

 内側から溢れるオーラというか、立ち居振る舞いっていうか。あの人の考え方も含めて、ガキだった俺は頭をガツンと殴られたように思ったんだ。

 この世に、こんな女性ひとがいるんだって。

 姉貴から、井伊サンの壮絶な過去の一端を聞いたとき、俺は誓った。

 俺は、この人の力になる。

 井伊サンみたいないい女を裏切った男は許せない。

 クズに狂わされた井伊サンは、俺が救う。救って、井伊サンの苦しみすべてを上書きするのだ。

 独占欲とか、執着心とか、言うなら言え。笑うなら笑え。

 クラスメイト、先輩、後輩、他の学校の生徒――どれだけたくさんの女から言い寄られても、俺の気持ちは動かなかった。

 この世でたったひとり、その人に振り向いてもらえなければ、いくら他の人間から好かれても意味なんてないのだ。

 井伊サン、あんたはどう思ってる?

 俺は、今もまだ、あんたの弟でしかないのか?

 井伊サンの隣に立てる男に、俺はなりたい。

 井伊サンを染められる男に、俺はなりたい。

 俺――久我龍慈は、井伊こよりが好きだ。

استمر في قراءة هذا الكتاب مجانا
امسح الكود لتنزيل التطبيق

أحدث فصل

  • いいこは怒らせると怖いですよ?   第25話 大河の心の変化

    ――クソ気に入らねえ。 「おい、井伊! 待てよ!」 俺は前を進む井伊を呼び止めた。 「さっきから聞いてりゃ、お前、生意気なんだよ」 「あら。久しぶりに聞いたわ、その台詞。小学校以来かしら」 「馬鹿にすんな!」 「馬鹿にしているように聞こえる? そう、自覚があるのはいいことだわ。人はすぐに成長できないから、一歩ずつ賢くなるのは素晴らしいわよ」 「馬鹿にされてるようにしか感じねえ。お前が何言ってるのかさっぱりだ!」 苛立ちをぶつけるように叫んだ。 本当に、この女はわからない。 他の女は、こんなクソ舐めた態度は取らない。俺の格好良さに見とれるか、きゃいきゃい喜ぶか、さもなくば、俺ん家の凄さを知ってこびへつらうかだ。 こいつは、そのどれでもない。 だからムカつく。 けど、何でだ。 何で俺は、井伊には他の女のように好きにできない? さっきだって、家に来いといったところまではいつもどおりだったのに。 井伊の奴、まるで慌てた様子がない。 むしろ、こっちの方が冷や汗をかく感じだ。 本当に、意味がわからない……。 「もっとこっち、ちゃんと見ろよ。馬鹿野郎」 「ふぅん。かわいいこと言うのね」 無意識にもらしたつぶやきを、井伊に聞かれてしまった。恥ずかしさで耳まで真っ赤になる。 「これは、ちげえって! お前の勘違いだ。聞き間違いだ」 「そういうことにしておきましょう。この先、どんな話があなたから聞けるか、俄然楽しみになってきたわね」 井伊は笑った。 その顔を見て、俺は背筋がぞくりとした。 この感覚、何度か覚えがある。 どれもこれも、ろくでもない、めちゃ怖い記憶ばかりだ。 つまり、俺の直感が「この女はやべえ、怖ぇ」と言ってるってことかよ。冗談じゃない。 そうだ。一発ハッタリかましてやれば、少しはマシになるかも。 どんな女だろうが、どんなに正論を振りかざそうが、暴力を前にすりゃ黙る。ガキなんてそんなもんだ。 俺は家の付き合いで、格闘家に教えてもらったことがある。 ナリは小柄でも、女に負けるわけがない。 「おい、井伊。いつまでもふざけてると、はっ倒すぞ。ああ!?」 教師が見ているのも忘れて、俺は井伊の胸ぐらに

  • いいこは怒らせると怖いですよ?   第24話 大河襲来

    「お前に何がわかるってんだよ。え? 適当言ってんじゃねえぞコラ」 「あら、星岡君。こんにちは」 恫喝にも動じることなく私が挨拶すると、大河はさらに不機嫌そうに顔を歪めた。 本物の裏社会の人間、つまり本当にヤバい人間は、こんな物言いはしない。私はそういう人たちとも対面してきた。 (比べては可哀想よね。こんなに可愛い顔をしているのに) 顎に手を添えて、フッと鼻で笑う。 元が小柄で童顔なせいか、今の大河はおもちゃを取られて悔しがっている小学生にしか見えない。 だが、彼が私の言葉に反応してきたのは、大事なシグナルだった。 私は余裕を保ったままサラダを片付けると、イライラした様子の大河を振り返った。 「ずっと聞き耳たててたなんて、一緒に食べたいなら声をかけてくれればよかったのに」 そんな考えなどおくびにも出さず、私は微笑みを浮かべて誘った。周囲のクラスメイトたちがぎょっとする中、大河が少し赤くなって叫んだ。 「そんなんじゃねえよ!」 「あらあら。じゃあどうして、そんなに怒っているのかしらね」 私はさりげなく、大河の手からチラシを奪い返した。その方が、彼の苛立ちを誘えると思ったから。 「ん? あ!? おま、いつの間に」 「男がそんな細かいことにいちいち目くじらを立てないの」 目くじら立てるように、私は言う。 「もしかして、お知り合いがいるの? この会社に」 「そうだよ!」 「それは申し訳なかったわ。ずいぶん親しくしているのね」 「ここの会社は、親父が目を掛けてやってるんだ。お前が変な噂を立てて、会社が潰れたらどうしてくれる」 「まさか。たかが女子生徒のひと言で潰れるほどやわじゃないでしょう」 「俺が気に入らないって言ってんだよ」 「志が高いのね。素敵なことだわ」 「ふん。あそこが潰れちゃ、こっちだって大損だし、将来に傷が付くだろ」 おそらく、大河は気づいていない。 私がそれとなく彼をおだて、会話を誘導していることを。 (なるほど。すでにこの子は、親の系列企業と関係を持っているわけか。本物か、それともただ担がれているだけか。私との会話を怪しんでいないところを見ると、後者の可能性が高そうだけど) 少しだけ、踏み込んでみよう。 「夢があるのは

  • いいこは怒らせると怖いですよ?   第23話 食堂での評価

    ――昼休憩。 「ねえ、井伊さん。一緒にお昼食べない? 食堂行こうよ、食堂。超キレイだから!」 私はクラスメイトたちから昼食を誘われた。 女子3人、男子2人。なかなかの大所帯だ。 いつもの私はお弁当だが、この日は朝、体調が悪かったため、弁当を作ってなかった。せっかくなら食堂を利用しようと思っていたところだったので、クラスメイトの申し出は渡りに船である。 「ええ。よろこんで」 「やった。じゃあ行こう!」 背中を押されて教室を出る。男子の他愛ない話に女子が笑いながらツッコむという、微笑ましい日常の風景だ。 「そういえば、いつも井伊さんはお弁当だよね。今日はナシ?」 「曇りの日は気分が乗らなくて、今日は作らなかったの」 「へぇ、意外。井伊さんなら、家でもきちっとしてそうなのに」 「あら。私のプライベートが知りたい?」 目を細めて問いかけると、話しかけてきた女子生徒だけでなく、周りのクラスメイトたちも赤面していた。 「井伊さんって、本当大人っぽいよね。なんで?」 「秘密です」 「えー。超知りたい。井伊さんみたいに大人っぽくなりたい。てか、あたしも早く大人になりたいぃー」 「それはもったいないわよ。本当に」 「井伊さん?」 「気にしないで」 私は誤魔化した。 食堂への道すがら、私は周囲の視線を感じた。 私が入学してまだ1ヶ月も経っていないが、それなりに注目される存在になったらしい。私は胸を張って歩いた。 食堂の入口が見えてきた。かなり人気らしく、列ができている。 クラスメイトのひとりがぼやいた。 「ヤバ。外、雨降ってんじゃん。どうりで食堂が混んでるはずだよー」 「男子、席確保してきて。ほらダッシュ」 「うへぇ、マジかよ。人使いが荒い女どもめ」 「食堂は席取り禁止のルールよ。男の子たちに上級生から白い目を向けられちゃ、可哀想でしょ」 「井伊さんマジ女神」 「並ぶのめんどいー」 「文句言わずに並びましょ。私、食堂に入るのは初めてだから、楽しみだわ」 「じゃあ、あたしが注文の仕方教えてあげる」 「ありがとう。頼りにしてる」 実際は龍慈君と放課後にお茶したことがあるので「初めて利用」は嘘だが、クラスメイトたちに合わせた。 (

  • いいこは怒らせると怖いですよ?   第22話 動き出す静森

    「とりあえず、お前が井伊サンについて調べたことは、逐一俺に報告しろ。本当に井伊サンのためになる情報か、それともまったくのガセか。俺が判定してやる」 「わかりました! 久我先輩、私のため、井伊さんのため、どうかご協力をお願いします」 「言っておくが、デマを掴んできた日には、ただじゃおかないからな。覚悟しておけ」 「はい! 私、先輩に信頼してもらえるよう頑張りますね!」 「……なあお前、周りから『どっかズレてる』とか言われないか?」 「なんでわかるんですか」 二度目のため息をついた。 (大丈夫かよ、井伊サン。こんなわけわかんねえ女を気にかけてさ) 「あ、それでは久我先輩。お近づきの印に、さっそくこちらを渡しておきますね」 「は?」 「教科担当の先生方の性格チャートと、現時点での井伊さんへの評価をメモったものです。将来的に協力してくれそうな先生にはチェックを付けてますので、参考になれば。チャートは私がこれまでウォッチしてきたものを流用しました。さすがにまだ絶対的に情報量が少ないですが、とりあえず第一報ということで」 差し出されたメモ帳を、俺は胡散臭そうに睨む。 「俺にこれを信じろと?」 「信じてもらうには、まずは自己開示からだと教わりました」 「新聞部の伝統か」 よれたメモ帳を受け取り、パラパラとめくる。 そこにびっしりと刻まれた情報量に、俺は目を瞠った。 特に、伊集院のところに△印が付いているのを見て、内心で唸る。伊集院は井伊サンの担任。この前の講演会のとき、井伊サンと微妙な空気になっていた教師だ。 △印というのが、また絶妙だった。この見立ては――たぶん、正しい。 「お前、いつもこんなことしてんの?」 「新聞部の先輩からの教えを守っていたら、癖みたいになっちゃって。記憶力自慢なのも役に立ってます」 えへへと後ろ頭をかく後輩女を、俺は末恐ろしく感じた。 同時に、メラメラと対抗心が湧き上がってくる。 「井伊サンの観察力では負けねえ。せいぜい、俺を唸らせる成果を出してみろ、静森」 「わかりました! お任せください、久我先輩!」 「井伊サンの信頼は渡さねえぞ。あの人の一番近くにいるのは俺だからな」 「その意気です、先輩!」 まったく怯みやしない。

  • いいこは怒らせると怖いですよ?   第21話 こよりの騎士の評価

    (俺は納得いかない) 授業を受けている間、俺は悶々としていた。原因はもちろん、今朝の静森のことである。 井伊サンの味方が増えることを否定しているわけじゃない。むしろいいことだ。 だが、いくら何でも特別扱いしすぎじゃないか? 静森の境遇なんて、言っては悪いがよくあることじゃないか。勢いのある部に押され、伝統を守ることに固執して対抗しきれず、交渉も上手くいかず、廃部の危機に陥った。 よくあることだ。 確かに、井伊サンが肩入れしたくなる人物像なのは、頭ではわかる。真面目で純粋、それなりにスキルもありそうだ。 だが、静森の境遇を特別視する理由にはならないんじゃないか。 ましてや、俺の意見を差し置いて、わざわざ静森専用の試験を課すなんて。 何だよ、井伊サンのスキャンダルを暴くって。んで何だよ、井伊サンのいいところを探して、その中で駄目なところがあったら報告するって。 井伊サンは現実主義者だ。最近は特にそう。 その井伊サンが、自分自身をネタにするなんて不合理だ。しかも、静森が日和った妥協案を提示したら、あっさりとそれを受け入れた。 俺にはそんなの言ったことないくせに。 いったい何を考えているのか……。 いや、井伊サンの考えていることは常に一貫している。 真面目に生きる者が損をする、そんな理不尽な世の中を変える。 井伊サンはそのために生きている。 静森のことだって、桜庭校長のことだって、その信念に沿っての行動だろう。 もしかして、井伊サンは静森と校長が似ていると思ったのか? だからあんなに肩入れするのか? 桜庭校長、姉貴、それからクソムカつくあの男、一条怜央。彼らが井伊サンにとって特別な人間なのは、まだいい。彼らは大人だから。 だが、高校生ってくくりでは、俺が唯一無二の存在じゃないのか。 ……何でここまでイラつくのか、実のところ自分でもわかっている。 悔しいのだ。 俺という特別な人間がいながら、井伊サンが他の奴に興味を持ったことが、しかもそれが同世代の女子だったことが、どうしようもなく悔しいのだ。理屈じゃなく、感情で。 静森が仮に男だったら、電車内でつかみかかっていたかもしれない。 そんなガキくささが自分で理解できるからこそ、苛

  • いいこは怒らせると怖いですよ?   第20話 少女の憧憬、少年の嫉妬

    朝の通勤・通学ラッシュの時間帯、外の湿気が電車内にもかすかに入り込んでいる。 静森さんの首筋にうっすらと汗が滲んでいるのは、暑さだけが理由ではないだろう。 私から課題を突きつけられた彼女は、大いに戸惑っていた。 「な、何で井伊さん自身を……」 「嫌ですか」 「嫌というか、完全に予想外だったというか。そ、そもそも、こんな人がたくさんいる場所で、スキャンダルを調べろなんて大胆すぎる発言ですよ」 「見て」 視線を右に向ける。 龍慈君の姿に沸き立った女子生徒数人が、浮かれた声で盛り上がっていた。他の一般客は、彼女たちのよく通る笑い声に眉をひそめている。 「不快なものほど意識が向く。堂々としていれば、私たちの会話を気にする人はいませんよ。ましてや、一言一句記憶している人は皆無でしょう。静森先輩は違うかもしれませんが」 くすりと笑う。 私は再び、彼女の耳元に口を寄せた。 「新聞部の伝統、そしてあなたを閉め出したネットメディア部と、同じ事をする必要はないですよ」 「え?」 「むしろあなたには、彼らと違うところを見せてほしいのです。どんな状況であっても、どんな課題があっても、他人を蹴落とすなんて安易な真似に走らず、信念を貫き、真偽を追う姿を」 真面目に生きる者が損をする。その悔しさを知っている彼女だからこそ、理不尽な状況を乗り越えてほしい。乗り越える強さを身につけてほしい。 すると、静森さんは私をまっすぐに見た。いい目だと思った。 「スキャンダル収集、やっぱり私は抵抗があります」 (真面目な彼女なら、そう言うでしょうね。まあ、仕方ないでしょう) 私は内心で肩をすくめた。さすがに、いきなりは酷だったようだ。 まだ、彼女を巻き込むのは早いということか。 「そうよね。ごめんなさい、この話は忘れて――」 「でも!」 しかし、静森さんは意を決して言う。 「代わりに私、井伊さんのいいところを探して、その中で駄目なところがあったら報告します。それで、どうでしょうか!?」 ――甘い妥協案だと思った。 しかし、私は興味を持った。彼女の提案そのものより、彼女の姿勢に。 正直言うと、静森さんはこちらが押せば簡単に折れると思っていた。真面目な反面

  • いいこは怒らせると怖いですよ?   第5話 畏怖を集める自己紹介

     助けた少女は、黎明館学園の2年生だった。 名前は静森未美さんというらしい。なぜか向こうの方から名乗ってきた。 リボンタイの色や記章で、私が1年生だとわかっただろうに、彼女はとても丁寧に頭を下げてきた。「あなたは恩人です。あの、ぜひお礼をさせてください。学校の案内とか、ごはん奢るとか!」 態度だけでなく口調まで丁寧だ。 私は苦笑した。「いえ、当然のことをしたまでですよ。先輩」「だ、だったらせめて連絡先だけでも教えてください!」「先輩。学校に遅れま

  • いいこは怒らせると怖いですよ?   第4話 痴漢男に鉄槌を

     ――春。 私は26歳になっていた。『こより先輩、おはようございます。いよいよ今日からですね』「ええ。ありがとう、朝菜。いろいろ協力してもらって。おかげで無事に入学できたわ」『いえ。私もすごく刺激をもらって、ペンが止まりません』 スマホのスピーカーから、興奮した様子の朝菜の声が聞こえてくる。『まさか、本当に26歳JKが爆誕するなんて! あとで写真ください、先輩!』「もう、朝菜ったら」 私はくすりと笑う。 1LDKのアパートで、私は身支度を整えていた。

  • いいこは怒らせると怖いですよ?   第3話 いいこは怒らせると怖い

     私は入院した。  左膝は手術が必要なほどの怪我を負い、消えない痕が残った。術後は心身の痛みで一睡もできなかった。 入院中に、私は職場を解雇されたことを知った。ただでさえ祖父のことで会社が揺らいでいるところに、『痴話喧嘩』で醜聞を流したというのが、その理由だった。  ずいぶんといい加減な話だ。まともな会社ではまずありえない。ありえないからこそ、私が今までどんな環境にいたかを思い知らされた。 これまで限りなく裏社会に近い場所で働いてきた直感で、私は自分が『切り捨てられる側になった』と悟った。  怜央と私とを天秤にかけて、上層部は怜央を取ったのだ。 もともと社会的にグレーな職場だ。まっ

  • いいこは怒らせると怖いですよ?   第2話 希望からの裏切り

    「結婚しよう」 ベッドの中で、お互い一糸まとわないまま、そう言われた。 私は23歳になっていた。 そして彼を、『怜央』と呼び捨てにできるほどの関係になっていた。 そんな中での、怜央からのプロポーズだった。 行為の後の、少し気だるい空気。身体の熱が程よく冷め、互いの汗や体液が少しひんやりと感じられる。 同棲のために引っ越したばかりのマンションに、同じく買ったばかりのダブルベッド。引っ越しのために一般的な会社員の平均年収分を費やしても、怜央はまったく気に留めた様子がなかった。 私は、怜央の手に指を一本一本絡めて、「うん」と答えた。「婚姻届、もらいにいかなきゃ。証人、誰にしよう」

فصول أخرى
استكشاف وقراءة روايات جيدة مجانية
الوصول المجاني إلى عدد كبير من الروايات الجيدة على تطبيق GoodNovel. تنزيل الكتب التي تحبها وقراءتها كلما وأينما أردت
اقرأ الكتب مجانا في التطبيق
امسح الكود للقراءة على التطبيق
DMCA.com Protection Status